ホーム 管理人より 新垣カミ菓子店@ 新垣カミ菓子店A 書院・鎖之間 琉球菓子(抜粋) 取扱商品 お問い合せ カゴの中






管理人より一言
新垣カミ菓子店のホームページを作るにあたって、その経緯を少しだけお話させていただきます。
新垣カミ菓子店の歴史は古く※琉球王国の包丁役(料理方)の父祖、新垣親雲上淑規(あらかきぺーちんしゅくき)より受け継がれて200年の時を迎えます。

琉球王国は島国ながらも、地理的優位性を活かし、日本、中国、東南アジア諸国の中継交易の拠点とし、双方の技術を取り入れ琉球の地という風土の中で育んだ独自の文化を発展させていました。まさに、それこそチャンプルー文化と言えるでしょう。

廃藩置県後は、徐々に庶民の手に届くようになりましたが、戦中、戦後の難を逃れ現在まで、私共は200年にわたり、その味を守ってまいりました。「昔からの味は絶対に変えてはいけない、お客様に対して常に立派な御菓子をお出しする」その志で、伝統の灯を皆さまにも分かっていただきたいとの思いから今回初めて新垣カミ菓子店のホームページを作ることになりました。



※琉球王国は今から約570年前の1429〜約120年前の1879までの間、約450年間にわたり存在した王制の国のことであり、廃藩置県前の沖縄のことである。



金城唯喜(きんじょう・いき)沖縄県指定無形文化財保持者
琉球漆器の沈金師としての父・南海より学び、その技を現在まで守ってきた方です。
その姿勢は新垣カミおばあさんと重なったのです。

伝統と技を駆使した作品を快く見せていただきました。その作品を新垣カミ菓子店のホームページの一部に使ってもよいと許可してくれました。本当に感謝です。戦時中バラバラになった琉球王国の遺産は、このようなきっかけで再び縁する事になりました。考えれてみると王朝内で料理やお菓子をお出しする際に琉球漆器が使われていた事を想うと不思議な縁を感じます。

※当時の琉球王国の重要な産物である琉球漆器は、その中継貿易を通じて進貢、献上され政治的、経済的に大きな役割を担っていたのです。

琉球漆器と金城唯喜(きんじょう・いき)さんの詳細はこちらより→http://www.wonder-okinawa.jp/012/003/010/index.html
    



琉球菓子研究家の安次富順子(あしとみ・じゅんこ)先生(沖縄調理師専門学校勤務)
琉球王朝時代の料理はもちろんの事、琉球菓子の研究家。

琉球王朝時代には、約160種類もの琉球御菓子が有ったとされ、残念な事に沖縄戦の際に琉球王朝時代の資料の焼失や戦後の物資の貧しい時期を経て、時代の流れで、現在では失われたお菓子が数多く、それらの復活を目指し、琉球菓子の歴史資料や聴き取り調査をもとに琉球菓子の掘り起こしや研究をしています。

※安次富順子:沖縄調理師専門学校副校長/沖縄の食文化・琉球料理研究家/沖縄伝統ブクブク茶保存会副会長女子栄養大学生涯学習講師。→ 著書に「ブクブクー茶・日本一の長寿県沖縄に学ぶ」などがある。

※新垣カミ菓子店ホームページの歴史的背景などは、安次富順子先生の助言により本人の許可を得て掲載しています。



書浪人:浦崎善隆(しょろうにん:うらさき・ぜんりゅう)
新垣カミ菓子店のホームページを作る際にロゴを書いてくれた「書家」

今回「新垣カミ菓子店」のホームページ製作にあたり、お店のロゴを書浪人・浦崎善隆さんに願い致しました。浦崎さんは、2004年、天皇陛下が沖縄にいらっしゃった際、天皇陛下の行く先々の休憩場所を書でもてなし、天皇陛下にお会いする。今は吉本興業の専属の書浪家としてTV番組のタイトル、アーティストのCD・DVDのジャケットを手がけている。

書浪人:浦崎善隆(しょろうにん:うらさき・ぜんりゅう)オフィシャルサイトはこちら→http://www.syoronin.com


特定商取引法に基づく表記 プライバシーポリシー トップ