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琉球王朝時代には160種類ものお菓子があったといわれていますが、ここでは代表的なお菓子についてご紹介します。
これらのお菓子は、約200年前にさかのぼります。当時の琉球王朝は中国と日本の両属関係にあり、中国との主従関係を保ちながら本州へも出向いていました。当時、琉球王府の包丁役(料理方)だった新垣親雲上淑規は、中国から入ってきたお菓子を、本州に渡って日本の技術も取り入れ、また近隣諸国の製法等も参考にして、琉球王朝菓子を作り上げたのです。
■ちんすこう

「ちんすこう」は、琉球王朝時代から作られている歴史ある代表的なお菓子です。砂糖、ナチュラルショートニング、小麦粉をこね合わして木型にて抜き取り、焼き上げた品です。琉球王朝内で冊封使を歓待する際に用いられたお菓子は160種類ほど生み出されていましたが琉球王朝菓子で現在残されているのは日持ちが良いものが多く「ちんすこう」が今に語り継がれ沖縄のお土産の代表格となったのは、まさに「ちんすこう」が沖縄独自の風土にあったものだと言えます。
■花ぼうる

琉球王朝内の日用茶菓子とし共せられていた「花ぼうる」は、先代から受継がれた巧みな技法から生まれるお菓子です。まず初めに鶏卵と砂糖、小麦粉をこね合わせた生地を手のひらだいの長方形にします。それを職人の手により、ひとつひとつ切り込みを入れ、いくつかの小さな花模様をつくり焼き上げた品で、まさにお菓子の芸術品です。「花ぼうる」は、南蛮菓子の一つとして江戸の人たちの間でも親しまれていたお菓子のようです。現在、「花ぼうる」の原型が残っているのは沖縄だけといわれています。

■ちぃるんこう
琉球王府の置き土産といもいわれる「ちぃるんこう」
琉球王朝内でも高位の人にしか口にできなかったもので、当時貴重だった卵黄をふんだんに使う格調高いお菓子です。 まさに琉球王府の置き土産と言われた「ちぃるんこう」は、昔ながらの技法で油を一切使用しない生地を型に流しこみ、赤く染めた落花生や桔餅(きっぱん:みかんの皮の砂糖漬け)を表面に飾り付け蒸しあげたもので卵黄だけから生まれる自然な黄色と上品な甘さをかもし出す唐風蒸し菓子です。
■くんぺん

光餅(くんぺん)は、琉球王朝内でよく食されていたお菓子で冊封史の歓待料理や祭祀に用いられており、中国皇帝に献上品として納められていました。王朝時代からの製法により卵黄と小麦をこね合せた生地に胡麻餡を包んで扁平な円形に整えて焼いたお菓子です。
琉球国王の位牌をまつる殿に使われていたことから、現在では冠婚葬祭等の儀式によく使われています。
■たうちぃちょう

二百年程前、首里王府の最後の料理人新垣親雲上淑規は、包丁役(料理方)として清国よりの使節団一行をもてなす宴席に闘鶏餃(たうちぃちょう)を振舞ったといわれています。「たうちぃちょう」は、そのひだの部分が、闘鶏(たうちぃ)の鶏冠に似ていることから名付けられました。「たうちぃちょう」は、琉球菓子で主流である胡麻餡と桔餅(きっぱん:みかんの皮の砂糖漬け)を生地に詰め、半円形にして指先で周囲にひだを作り、
じっくりと焼き揚げた風味豊かなお菓子です。


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